なんか最近筆ペンが流行ってるんですけど私個人の中で。それでわかりはじめたマイレボリューションなんですけど、筆ペン考えた人、イケてますよね。いまさらだけど、いまさら感じました、大事なことでした。それにしてもその後の筆ペン開発し続けてる人もすごいですよね。オズモールのキャッチ「恋に効く! 私が好き!」くらいの完全にまとまった感あるよね。この歴史の中で完璧にまとまってきたものって何でも、ものすごく良いよね。「何かを作った人の気配が好き! 文房具!」ですよね。
でも、筆ペンの歴史がわかるかもしれない、わくわく、といつものように期待してウィキってみました(筆ペン)。でもなんだか、あまりにもざっくばらんで、尋常じゃなくスッキリしてるんですよ。つまり拍子抜け。筆ペンに関するウィキな情報がこれだけのはずが無いんですよ。と、ちょっと苛立ちましたが、親切心で運営されているデータベースにあまり文句は言えないです。ごめん。それにウィキに掲載されている写真が私の手元の筆ペンと同じ「ぺんてる筆」だったので、ちょっと和みました。ありがと。
そこでちょっと考え直して、「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない…」と、何故か英語ウィキも検索してみました(Fudepen)。
何かの予感は気のせいでした。
■筆ペン
筆ペンを考える際には、大きくは当然「メーカー」が要素となりますが、その他の筆同様に「毛の質」、そしてペン同様に「インク」が構成要素となってきます。
軸の好き嫌いもあるとは思いますが、大きさ、長さ、重さ、太さが大きく異なることはなく、主に利き手の指3本の先て軸を立てて持ちますから、本体の形が決め手になってくることは無いと考え、研究要素としては省略します。デザインも同様です。
■筆ペンの前にペン、そしてその前に
並木良輔
明治13年 埼玉県旧玉井村(現・埼玉県熊谷市玉井)出身
東京高等商船学校(現・東京海洋大学)機関科卒
日本郵船や三井船舶会社に勤め、船乗りとして船の時代を満喫
明治39年 東京高等商船学校機関科の教授となる
※並木式烏口
製図時に学生が使う「カラス口」を見ていて、
船上等でもペンにインクを付けなければならず面倒だと苛立ち、
ひと工夫をしてインクタンク内臓式のカラス口を考案、特許をとる
和田正雄
明治11年 静岡県沼津町出身 割合お金持ちだった
東京高等商船学校(現・東京海洋大学)航海科卒
在学中は並木と面識は無かった様子
三井船舶会社の貨物船「有明丸」にて並木と半年間同船し、意気投合
舶来品を輸入するばかりの商船で日本のふがいなさを感じる
並木君に才能を感じ、何かすごいものを作るようにと盛り上げる
その後下関で製氷業を起業するなどそれなりに時代を満喫
和田、並木に時々送金
並木はインクタンク内臓つながりで、とうとう万年筆の国産開発に手を染める
劣化しないペンポイント(紙と接する部分)が作れず苦労する
ペンポイントは羅針盤の支持ピンと同じ、イリジウム製に違いないと考える
大正03年
何をどうしたことやら、並木、イリジウムの加工に成功
しかしペン先に後から、半分に切ったイリジウム球をつけることしか出来なかった
書き味が劣悪で、イリジウム球の脱落もあった
球を切断することは理論的には可能と思われたが、開発費が底をつく
大正05年元旦
和田、並木に最後の決死の送金
借金か何かしたらしい
並木製作所では工場員がみんなで泣いて大興奮
イリジウムがうまく加工できるような設備等が揃えられたらしい
大正07年01月
株式会社となり、株式会社並木製作所設立
和田が経営、並木が開発を担当する
現在 株式会社パイロットコーポレーション
■しかし筆ペンと言えば…
明治44年 1911年
阪田久五郎、広島県呉市に阪田製作所創業
万年筆、金ペン、画鋲、その他文房具類 の製造販売を始める
パイロットとは海っぽい名前つながりだけど会社としては関係ない
文具全般の製造販売から始まった企業
昭和07年 1932年
株式会社となり、株式会社セーラー万年筆阪田製作所設立
昭和23年
ボールペン発売
昭和33年
カートリッジ式万年筆発売
昭和47年
ふでペン発売
現在 セーラー万年筆株式会社
■じゃあ呉竹って…
明治35年
綿谷奈良吉、奈良の伝統産業である墨造りを家業として創業
セーラー万年筆とは呉つながりだけど会社としては関係ない
毛筆、墨の製造から始まった企業
大正13年
合名会社、精昇堂商会となる
昭和15年
株式会社、呉竹精昇堂となる
昭和33年
液状の墨、墨滴を開発
昭和38年
サインペン発売
昭和48年
「くれ竹筆ぺん」が大ヒット
セーラー万年筆が筆ペンを出した翌年だけど、どうしたんだろう
現在 株式会社呉竹 「トメ、ハネ、ハライが思いのまま」
■群雄割拠の筆ペン業界、でも、文具屋でよく見るのは…
明治30年 1897年
石川徳松、独創により国産鋼ペン先を開発
石川ペン先製作所創業
つけペンのペン先製造から始まった企業
関係ないけど「日本鋼ペン先工業組合」っていうのがあるらしいけど、
ここでつけペンに深入りするとヤバい気配がするので自粛
大正03年 1914年
ペン先の商品名を「ゼブラ」とする
昭和39年 1964年
3色ボールペン発売
昭和40年 1965年
サインペン発売
昭和50年 1975年
筆ペン、蛍光ペン発売
筆ペン界への参入は案外遅いのだった、遠慮?
昭和51年 1976年
速乾性油性フェルトペン「ハイマッキー」発売
現在 ゼブラ株式会社 「コシの強い穂先でより書きやすい」
■忘れないで!
明治20年 1887年
眞崎仁六、眞崎鉛筆製造所を創業
鉛筆の製造から始まった企業
昭和32年 1957年
三菱シャープナー発売
昭和33年 1958年
高級鉛筆「ユニ」発売
昭和34年 1959年
ボールペン製造開始
昭和36年 1961年
繰り出し式シャープペンシル発売
もうあと何を見てもいつ筆ペンを売り始めたのかわからないほどシャーペン企業
現在 三菱鉛筆株式会社 「本格毛筆タッチの書き味で水に流れません。」
つづく
次回はいよいよ、ぺんてる筆!
ぺんてるに入る前に力尽きただけだけどねっ!
明治政府が公文書についてインク使用禁止の通達を出した年や、毛筆必須だった公文書がインクで良くなったあたりの詳しい年号も知りたいところです。